私は賢いから賢い 当たり前ではない

人の判断が賢いか愚かかを決めているのは客観的な評価である。
人は自身はこうであると思い込んでいるときは主観であって自身を客観的には捉えられていない。

人は自身が賢いことをしていると思っているときは賢いことをしているとは限らない。

人は自身が愚かなことをしていないと確実に認められるときに限って賢いことをしている
人は常に自身が愚かではないか間違っていないか疑い続けない限り賢くい続けることはできないのである。

人は弱い。
人は間違う。
人は自身に都合のいいように世界を解釈する。

人は愚かさや間違いを認めてその愚かな間違いを繰り返さないことで賢くいられる

私は賢いから賢いは当たり前ではない。

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